2011年11月10日木曜日

労作であり、名作


 噂はあった。素晴らしい内容だと―。その意味は、わずか最初の数ページで分かった。不覚にも泣きそうになるくらい、一気に惹きこまれた。間違いなく、信濃毎日新聞取材班の「認知症と長寿社会」(講談社現代新書)は労作であり、同時に名作だと思った。

 同書は信濃毎日新聞の社会面で「笑顔のままで 認知症―長寿社会」と題して、2010年1月から約半年間にわたって長期連載されていたものを一冊にまとめたものだ。高齢化が進む日本社会で、増え続ける認知症患者とどう向き合っていくのか。認知症患者、特に徘徊・暴力行為のある者を受け入れられる施設の圧倒的な不足、認知症患者に対する社会の理解不足、老々介護の問題―。挙げ出したら、枚挙に暇がない。同書は、そのような現実と向き合わざるを得なくなった個人に焦点を当てることで、見事なまでに社会の姿を描き出すことに成功している。

 殊に素晴らしいのは、冒頭部分である第1部「無数の点滅―介護する家族」だ。認知症と診断された女性は、地域では名が知れた養護教諭だった。第1部は、そんな彼女の日記をひも解くことから始まる。物忘れがひどくなっていることを不安に思う心境、それが原因で夫婦仲が壊れていくことに対するやるせなさなど、そこには率直な思いが綴られていた。認知症が進み、もう日記を書くことすら難しくなったある日のこと。夫は日記の存在に気付き、後悔する。「なんで早く気付いてあげられなかったのか」と。

 このエピソードには、認知症が持つ悲哀が凝縮されている。同時に、副題に付けられた「笑顔のままで」が認知症にまつわる感動的なエピソードから引き出されたものではなく、そのような悲哀をも内包させた先にあることを読者に知らせているのだ。その精神は本書全体にわたって緩むことなく貫かれている。

 それは編集の巧みさに依る所も大きいだろう。だが、それ以上に事実を集める記者の確かな観察力に裏打ちされた力量が素晴らしい。例えば、「ハスの葉が浮く池で、雨の波紋がぶつかり合っている」(241頁)に見られるような情景描写は、読者に当時の情景を思い起こさせ、より説得力のある文書を生みだす原動力になっている。

 同書は、新聞協会賞(編集部門)、JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞など多数の賞を受賞した有名作でもある。逆説的かもしれないが、他の新聞協会賞などを受賞した作品を期待させるほど、賞の価値を高めているように思う。

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